研究テーマの背景

前真之研究室では、深く取り組む4つの研究テーマをかかげています。それぞれのテーマがなぜ大事なのか、その背景をご紹介します!

<動画1> エコハウスの究極目標は?(6:09)

<動画2> エネルギー自立住宅を実現するカギ 冬の無暖房化とは? (13:59)

<動画3> 熱回路網計算と数値流体計算CFDを駆使したエコハウス設計とは? (6:01)

<動画4> 太陽エネルギーだけで冬も夏も快適に暮らせる暖冷房システムOMXとは? (7:44)

前研究室の大目標は、「暖かく涼しい健康・快適な暮らし」を「いつまでも最小のエネルギーコスト」で「全ての人」に届けることです。住宅の性能は近年格段に向上し、かつては夢であったエコハウスの実現が十分可能な時代になっています。健康・快適な暮らしをゼロエネルギーで実現するエコハウスを日本中に実現し普及させるために最も重要となるのは、地域の気候、特に太陽エネルギーをしっかり分析して、最適な建物配置・形状・開口部配置・外皮性能を確保できる設計手法なのです。

「暖かく涼しい健康・快適な暮らし」を「いつまでも最小のエネルギーコスト」で「全ての人」にという大目標は、あまりに当たり前のことに思うかもしれません。しかし、この当たり前の目標を当たり前に話せるようになったのは、ごく最近のこと。これまで日本の家造りやエネルギー政策は、これとは反対の方向に向いていたのです。

前がエコハウスの研究に本格的に取り組み始めたのは、2010年頃の環境省エコハウス事業でした。全国20か所にエコハウスを実際に建てるという非常に夢のあるプロジェクトで、前研では建設後のエコハウスの室内温熱環境やエネルギー消費量を計測しました。しかし残念なことに、多くのエコハウスは問題を抱えており、目標を達成することができませんでした。この調査をきっかけに、地域の気候や周辺環境を反映しつつ、確実に健康・快適な室内温熱環境と省エネ・再エネ利用を可能とする、要素技術と設計手法の開発が必要だと痛感しました。

環境省エコハウス 公式サイト

地球温暖化防止のため、日本は2050年までにCO2排出量を80%削減する計画です。これは小手先の工夫では到底達成できる目標ではなく、社会全体の大きな改革が必要になります。合わせて日本の人口動態は急激な減少と高齢化が進む予定であり、居住環境の快適・健康の確保が今以上に重要になります。

エコハウスとか環境建築というとなにか特別な建物のような気がしますが、世の中に1軒エコハウスがあっても世の中はほとんど変わりません。日本中のすべての家がよくなってこそ、みんながエネルギーのことを心配せずに快適・健康に暮らせ、日本のエネルギー消費と輸入燃料が減り、世界の地球温暖化対策に貢献できるのです。日本のすべての家が十分な性能を備えることが肝心です。

CO2排出量(≒エネルギー消費量)で多いのは、産業・業務(オフィス)・運輸ですが、考えてみれば、現在の「郊外居住・都心勤務」という形態は、ビル運用や交通における莫大なエネルギーでなりたっています。そもそも、すし詰めの遠距離通勤・タコ部屋でのオフィス勤務は、快適で幸福な生活とかけ離れています。働き方改革の影響もあり、今後は在宅勤務・テレワークが増え、1日の中心が住宅にシフトする可能性があります。2020年のコロナ問題は、この社会変化を加速させる、生活の中心は再び住宅に戻ると予想されます。

そして、ビルのゼロエネ(ZEB)は非常に困難ですが、住宅のゼロエネ(ZEH)は比較的容易なのです。すでに新築戸建て住宅の15%程度がZEHになっています。

ゼロエネルギー住宅(ZEH)は、「高断熱高気密」・「高効率設備」・「太陽光発電」による創エネの3点セットで、ゼロエネを達成しています。ZEHは急速に普及してきていますが、実は本当のゼロエネではありません。

ZEHは1年間を通しては消費エネ量=<創エネ量となるように設計されています。しかし、太陽光発電は春・夏はたくさん発電しますが、冬は発電量が減少します。一方で消費エネルギーは冬に主に暖房によって増加するため、冬は消費エネ量>>創エネ量となり、エネルギー消費過多(=赤字)となります。

ZEHでも冬に大きなエネルギー不足が起きてしまうと、結局は冬のためだけに大きな石炭発電所や原発を維持しなければならなくなります。これでは真の意味でゼロエネにはなりません。冬にも消費エネ量<創エネ量を実現する真のゼロエネ住宅の実現のためには、太陽光発電だけでなく、窓や屋根で太陽の熱を集めることが必要になります。

冬の暖房を限りなく減らすことができれば、年間を通してエネルギー消費量が安定し、いつの季節でも太陽光発電によりエネルギー自給を達成することが可能になります。冬で最も重要なのは、健康・快適な室内環境を確保しつつ「無暖房化」を達成することなのです。一方の夏は太陽光発電の発電が豊富にあるので、冷房で重要なのは「室内全体の快適性」を確保することです。

ゼロエネルギー住宅は、通常の家に比べればエネルギー消費量が少なく、系統からの買電量も少なくなります。しかし、春夏秋は太陽光余剰電力の系統への売電、冬は系統からの買電が必要になり、エネルギーコストはゼロにはなりません。特に、太陽光発電の高額な買取期間(固定価格買取期間FIT)が終了した後には、売電で買電単価を賄うことはできません。前研では、年間を通してエネルギー消費量と太陽光の発電量がバランスする「エネルギー自立住宅」を目標にしています。エネルギー自立が達成していれば、FITが終了しても蓄電池を導入することで、引き続きゼロコストで健康・快適な生活を続けることが可能です。

まずは冬に無暖房を実現し、続いて夏に快適冷房を実現することが大きな目標になります。太陽の熱だけで暖房を必要としない無暖房住宅の実現のためには、「十分な断熱」「太陽熱取得」「躯体の蓄熱・放熱」を活かした、より高性能な開口部・蓄熱部材の開発、そして丁寧な設計手法が必要になります。

しっかりとしたエコハウスを実現するには、敷地の気候や周辺環境を考慮しつつ、室温や熱負荷・エネルギー消費を詳細に予測できる「環境シミュレーション」が極めて重要です。前研では、熱回路網計算と数値流体計算の2つをメインで使いながら、冬・夏の目標を確実に達成する設計手法の構築に努めています。

熱回路網計算は、建物や室内をザックリ扱うことで、年間の室温変動や暖冷房熱負荷・消費エネルギーを素早く計算できるので、エコハウス設計の核となるツールです。地域の気候・敷地・周辺建物を入力することで、個々の実建物での健康・快適性と省エネ性の確保が可能です。前研では、インテグラル社製の省エネ診断EXパッシブ設計オプションの開発をお手伝いしています。

数値流体計算(CFD)は、室内を細かいメッシュに分割し、流体の挙動を詳細に再現します。前研では、AKL社のFlowDesignerをメインで使っています。

 

建築の設計者が自分で、エネルギーや温熱環境の設計を行えるようにするために、前研では設計ツールの開発にも力を入れています。建築環境工学の知識や技術を机上の論理で終わらせないために、実際の設計現場で活用できる環境を整備していくことは極めて重要だと考えます。

前研では、「開口部日射取得と蓄熱による無暖房住宅の開発」「太陽熱活用システムOMXの開発」「BIMを活用した設計手法の開発」の研究を通し、太陽エネルギーだけで自立できる住宅の未来を研究しています。詳細は各テーマのページをご覧ください。

開口部日射取得と蓄熱による無暖房住宅の開発

太陽熱活用システムOMXの開発

BIMを活用した設計手法の開発